福島地方裁判所 平成5年(ワ)137号 判決
原告
石井章
右訴訟代理人弁護士
今泉圭二
被告
福島市
右代表者市長
吉田修一
右訴訟代理人弁護士
今井吉之
事実及び理由
第三 争点に対する判断
一 前示争いのない事実及び本件証拠を総合すれば、次のような経過を認めることができる。
1 前示争いのない事実2のとおり、前示会社の所有地を取得するために、五七番土地を斡旋する必要が生じた被告は、平成二年一二月三日、福島テルサの用地取得を担任していた商工課長品竹が、原告宅を訪問して譲渡方を打診したところ、原告は、本件土地の立退問題が解決されなければ、譲渡には応じられないと主張し、翌平成三年二月六日、被告代表者が原告を訪ねて直接協力を要請した際にも、同様の主張を繰り返した。そこで、被告において本件土地に関する調査を行い、同年二月二八日ころ、品竹は、原告に対し、右調査結果とともに、本件土地の立退問題に関して被告に法的責任はない旨従前と同様の見解を伝えたうえ、同年三月五日ころ、本件土地の立退問題と五七場土地の売買を同時並行して解決したいと申し入れたものの、あくまで本件土地の問題が先決だとする原告が、前月の実母の死去より相続権を取得した五七番土地に自己の経営する歯科医院を新築する意向を明らかにした。
2 これに当惑した品竹は、原告を説得して、ようやく被告が提供する代替地と本件土地を交換し、その代替地上に歯科医院を建設して貰うとの方向に話をまとめ、同年三月一一日ころ、被告が代替地を探すために必要だとして、被告で作成した本件土地の立退要請の取下と代替地との交換を要請する文書に原告の署名押印を徴して提出してもらい、同年三月二九日ころ、原告に対し、本件代替地を提示したうえ、本件土地と相互売買を行い、譲渡所得の課税分は移転補償費として価格に上積みする方法を提案したが、なお課税の可能性があることに原告が難色を示したので、税法上非課税となる本件土地と本件代替地を等面積で交換する方法で行うことに合意した。そこで、被告では、同年四月二四日、左記の要請文書を受けるかたちで、本件土地の問題を誠意をもって対処し解決を図る旨の被告代表者名の回答書を原告に発する一方、同月二六日、本件代替地を購入して登記を経ると、同年五月ころ、原告に要請して本件土地の面積を実測して貰ったところ、本件代替地の総面積より四八・五五平方メートル不足していることが判明し、交換の対象に含まれない残地は原告で買い取ることとなった。
3 原告は、実母の相続税の申告期限が迫ってきたので、その実兄と実妹の三人で遺産分割協議を行った結果、実母の五七番土地の共有持分五分の三については、原告と実兄が各二分の一ずつ相続することに決まり、品竹にその旨を告げると、同人から、買収交渉が難しくなるので実兄一人に名義をまとめて欲しいと懇請されたため、同月四日ころ、分割協議をやり直して、五七番土地の相続分を放棄するかわりに、代償として実兄から現金一七〇〇万円を受け取ることに変更した。
4 品竹は、同月初旬、「確認事項」と題する書面(甲一一号証とは異なるもの)を原告に提示したが、同書中には、原告が五七番土地を被告が取得することに協力する旨の条項が含まれていたため、従前の要求とは異なるとして原告が異議を唱えた。そこで、品竹は、上司の承認を得たうえで同条項を差し替えたうえ、(1) 本件土地と本件代替地を等面積交換すること、(2) 本件代替地の残地は原告が買い受けること、(3) 平成三年八月末までに面積及び価格の決定を行うこと、(4) 本件土地の権利関係は被告において整理すること、(5) 平成四年六月三〇日を交換期限とすること、等を内容とした確認事項書を改めて作成して、同月七日、原告と品竹がそれぞれ記名押印した。
5 原告は、同年一一月一九日、品竹から提示された残地価格(一平方メートル当たり五九万三〇〇〇円で、残地面積を乗じた価格は二八七九万〇一五〇円)を了承し、同月中には、品竹との協議の結果、先の交換の日にちを平成四年六月一日と定めるかたわら、本件代替地に新築する予定の歯科医院の設計を発注し、平成三年内にはその平面図が完成した。更に、翌年二月末、原告の妻が、品竹に対し、解約通知の文面を示して本件土地の駐車場解約申入の是非を確認すると、差し支えないとの回答を得たので、原告は、解約通知を各利用者宛に発送した。
6 他方、品竹は、確認事項書を取り交わしたことにより、本件土地の処理に見通しがついたとして、所期の目的であった五七番土地の売買を進めるべく、原告に対し、その実兄との面会を再三にわたって求め、平成三年一〇月一〇日、ようやく引き合わせて貰った同人に五七番土地の売買を要請したが、色好い返事を貰えなかったうえ、同年一二月一九日、五七番土地の代替地を探すために必要であるとして、被告で作成した書面を交付して原告に実兄の捺印を依頼したところ、その後まもなくして、本件土地の問題が解決しない限りその要望に応じられないと原告から右書面を返戻されそうになったが、その受取を拒んだということがあり、五七番土地の売却話が遅々として進まない状態であったので、非常に困惑していた。
7 原告は、平成四年四月一六日、異動した品竹の後任である菅厚世の訪問を受けた際、同人が、五七番土地の目処が立っていないから、本件土地の交換には応じられないと主張したので、従前の経過を説明して漸く納得を得たことがあった。しかし、そのころから被告の内部では同様の理由により、この取引は止めにしたいとの意見が出ており、同年五月一一日、原告が、融資先から本件土地に関する契約書を求められたので、本件に関する土地交換及び土地売買契約書を作成して、その妻に被告まで持参させたところ、応対した商工部次長羽田清久にその押印と受領を断られた。そこで、原告は、同月二一日、市役所に出向いて羽田らと面会し、かねての予定通り六月一日に契約が出来るか否か確認したが、五七番土地の売却話が進んでいない、これまでの価格が推定価格であるので契約できない等と契約に消極的な態度で応じられ、結局、同年六月一日までに、被告で本件土地の鑑定を行ったうえで、再度話し合うことになった。
8 原告は、同日、市役所で面談した羽田から、鑑定の結果によると本件土地の評価額が低く税法上の交換に該当しないので、等面積交換が不可能であり、市議会の承認を得ることも困難であるとの回答を受けたため、同月二二日、被告の助役佐藤謙内に面会し、確認事項書に基づく履行を求めたが、初めて聞いた話だなどと回答を拒まれ、同月二五日には、本件の交渉を休止する旨の商工部長名義による文書が送付されたので、同部長熊坂比佐男に釈明を求めたが埒が明かず、同月三〇日、同人に対し、再度確認事項書に基づく履行を強く求めて拒絶されはしたものの、なお交渉を継続することになった。
9 原告は、同年七月一〇日、熊坂らから、とりあえず五七番土地の問題を棚上げして本件土地の処理を進めたいとの申し出を受け、同月二三日には、事務担当者の整理検討案として、本件土地と代替地との等面積による相互売買を行い、本件土地のうち借地権がある部分についても更地として評価するが、移転登記は将来借地権が消滅した段階で被告に寄付する形をとること、原告に課される譲渡所得等の税金を被告が何らかの形で負担すること、残地も原告が買い取るが、価格が高額になる場合には当面賃貸借とすること等を骨子とした内容が示され、結局、これを前提に話を進めることを了承した。しかし、同年八月二〇日、羽田から、本件土地を更地評価することが出来ないこと、その結果、将来の買取部分のほかに、本件土地の借地権が存在する部分に相当する面積も賃借してもらい、将来借地部分が明け渡された時に、所有権移転登記を行う旨の前記検討案の変更の申し出があり、原告は、しぶしぶこれに了承したが、さらに、賃貸する部分には建物を建てないで貰いたいとの要望には強く反発した。そこで、同年九月一四日、熊坂らが、原告に賃貸部分の範囲を具体的に図面で示した際、同部分に建物を建築することは止むを得ないとの方向で、被告の上層部を説得するところに落ちついた。
10 その後、原告は、そのころ委任した原告代理人を通じて、被告に対し、賃貸予定部分の賃料を、原告が本件土地の借地人から得る賃料と同額にすること、将来売買予定部分の価格を予め定めておくこと等の提案を行ったが、被告では、これまでの申出も含めて検討した結果、五七番土地の交渉が進展しない中で市議会を説得することは困難であるなどとして、本件土地の交渉を取り止めることに決し、同年一一月三〇日、文書をもってその旨を伝えた。
二 以上の事実関係に基づいて本件契約の成否を検討してみるに、被告は、五七番土地を前示会社に譲渡してもらう代わりに、同会社所有地を福島テルサの用地として取得する考えであったが、原告が、従前の曰くがある本件土地の問題解決が前提であると強く主張したうえ、五七番土地への歯科医院建設を仄めかしたために、これを回避すべく本件契約の交渉に入ったこと、その際には、土地譲渡に伴って生ずる原告の租税負担の処理が懸案事項となったが、租税負担の免れる手段として、本件土地と本件代替地の等面積による交換という方法を双方の合意により採用したこと、原告は、実母の死去により五七番土地の同女の持分の一部を相続する予定であったが、品竹の要請により、実母の遺産分割協議をやり直し、その所有名義を原告の実兄に統一したこと、その直後である平成三年八月七日に原告と品竹との間で確認事項書を取り交したこと。その内容は前示のとおりであって、原告が買い取ることとした残地部分の価格が定まっていないなど、本質的な事項について未確定な部分が認められるほか、被告が取得してまもなくの本件代替地とでは、所得税法にいう「交換」に該当しないため、その実行期限を翌年六月と定めた経緯があること、同書の形式は被告で定めている一般的な契約文書とは異なること、同書を作成した後、時をおいて、残地価格や交換の実行期日を定めるなど未確定事項の詰めの作業を行っていること、このような作業を行う段階に至っても、原告は、被告から、五七番土地の代替地を探すために必要だとして原告の実兄の署名押印を求めて交付された書面を被告に返戻しようとするなど、五七番土地の取引に応ずる意思を見せなかったこと、原告は、平成四年五月、本件契約書を自己らで作成して被告に持参させたものの、その押印と受領を断られていること、そして、確認事項書に定められた内容は、その後、前示した経過のような変還を辿っているのであり、以上のような確認事項書の内容と形式、同書を作成するに至った経緯とその後の事情やそこから窺うことのできる原告と被告の認識等に照らすと、確認事項書の作成は、単に原告の要求事項を確認したというものではなく、契約までには成熟していないが、その時点までに当該者双方において一応の合意に達していた事項を書面にまとめたものである。すなわち、被告の事務職員は、「石井彌から株式会社フクコー白河開発に対し五七番土地の所有権を譲渡し、原告から被告に対し本件土地の所有権を譲渡し、被告から原告に対し本件代替地の所有権を譲渡する」との一連の物権変動を実現するための具体的方策を模索しながら、原告との間に、折衝を重ね調整作業を進めていたところ、事務レベルにおける情勢判断をもって、原告から提示された要求項目のうち、被告側においても受容される見込みがありそうなものを、かい摘んで確認したものであること(因みに、当時は実現可能な取引方法であると認識されていた本件土地と本件代替地との等面積交換については、後日、実現不可能な方式であることが判明したし、また、被告の立場で、本件代替地を譲渡して、本件土地所有権を取得すべき権利主体も福島市開発公社が予定されていたようである。)、そして確認事項書に掲げる「確認」の法律的性質というのは、当時、被告事務職員及び原告は、前示事業目的を達成するために、最も有効適切なる契約を締結することを目指し準備作業を重ねていた段階にあったものであり、これが功を奏して契約締結に至った暁に、その契約内容に盛り込み、もしくは契約をもって達成せられるべき物権変動について、両者が共通して認識している事項を確認し合うものであって、謂わば右両者が共同して、一連の作業成果及び今後の作業指針と経済目標を宣言したものであって、そこに掲げられた内容について、被告事務職員及び原告の両者が合意したものであると認めることはできるにしても、法律関係を確定しようと意欲するほどに成熟した意思表示が合致したなどとは評価することはできないのであって、終局的には所要の方式に従った契約が締結されるをもって、被告及び原告における法律上の給付義務が負担されることを予定しながら、その契約締結を促進し形成課程の透明性を確保するために作成された「要綱」とでもいうべきものであって、直ちに被告と原告間に債務的効力を生ずることはなく、付随的効力として合意内容を尊重しそれを実現するための契約を締結せしめるべく、誠実に努力する信義則上の義務を負担するにとどまるもの、と判断することができる。したがって、確認事項書を作成した時点において、本件契約の締結があったと認めることはできない。
また、その他に、前示経緯において原告と被告の間に本件土地及び本件代替地について、所有権移転を目的とする契約が締結されたとする事情は認められない。
したがって、原告の主張する債務不履行責任については理由がない。
三 次に、いわゆる契約締結上の過失の有無につき判断をする。
原告と被告は、前示経緯のとおり契約締結の準備段階にあったが、確認事項書を取り交すなどして、本件土地の取引に関する基本的事項について一応の合意に達した後、残地価格の決定、交換期日の内定など右合意内容に沿った契約条件の詰めの作業を行っていたのであり、このような契約交渉の経過のもとでは、少なくとも平成四年に入った段階で、当事者双方において、互いに相手方に対し、契約締結の交渉に際して財産上の損害発生を防止すべき信義則上の義務が生じていたと認められる。
そして、右のような経過の中で、原告が、近い将来に確認事項書に記載された内容の契約が締結される期待を抱いて、これに沿った履行の準備を始めることは当然であると言うべきところ、前記認定事実一5のとおり、原告は、平成四年二月末ころ、本件土地の駐車場の解約につき品竹に確認して、その了承を得たことにより(かかる事実を否定する品竹の証言は信用できない。)、平成四年五月末日限りで駐車場契約をすべて解約したのであるから、その後本件契約が締結されなかったことにより、少なくとも交渉決裂が決定的となった同年一一月三〇日までの右駐車場賃料相当額の損害を被ったと認められる。
しかして、その損害額は、〔証拠略〕によると合計一四八万二〇〇〇円と認めることができる。
四 さらに、原告は、本件契約が履行されなかったことにより多大な精神的苦痛を被ったとして慰謝料を請求するので検討する。
私法の基本原理である契約締結自由の原則のもとでは、本来、契約を締結するか否かは各当事者の自由な意思に委ねられているのであり、締結しないことが不法行為に該当するという、いわば契約自由の原則の埒外にあるような場合は格別、契約を締結しないことにより、仮に相手方に精神的苦痛や不快感を与えたとしても、これを慰謝すべき法的義務は生じないものである。また、前記三の信義則上の義務は、専ら財産上の損害の発生を前提とするものであるから、これをもって慰謝料請求の根拠とすることは相当でない。
そこで、本件において被告が契約を締結しなかったことが、不法行為に該当するか否かであるが、そもそも、被告において、石井彌から株式会社フクコー白河開発に対し五七番土地の所有権を譲渡することを斡旋するための業務は、公共用地を取得するという行政目的を達成することを促進するために、取得先の地権者に代替地を斡旋する作業であって、行政事務の遂行を助成するための業務ということができるのであるが、他方、原告に対し、本件土地に代えて本件代替地を取得せしめたるための業務は、なんら行政目的と関わっておらず、たまたま被告が五七番土地の所有権譲渡の斡旋業務に乗り出した際に、同土地の所有者であった原告及び石井彌の側から、本件土地の占有が回復されなければ五七番土地の譲渡交渉に応ずる余地はない、との態度を示され、本件土地の処理を専決事項として強く主張されたために、被告としては五七番土地の問題を処理することを望んで、やむを得ず本件土地の取引交渉に応じた経緯が認められ、その交渉は、公権力の行使というよりも、いわば行政サービスの一環として行った私的取引活動の色合いが強いと言い得ること、確認事項書を取り交すなどして右取引が具体化してもなお、原告が頑に五七番土地の取引に応じなかったところへ、社会情勢の変化により前示会社が五七番土地の取得に消極的となった事情が窺われ、被告としても右取引に応ずる必要性が薄れたこと(被告自身が、本件土地を必要としたことを認めるに足りる証拠はない。)、しかし、これまでのいきさつもあり、原告の強い要望に応じて交渉を継続していたが、やがて本件土地と本件代替地との価格差が明らかになる等、被告の求める方法では議会の承認を取り付けることが難しいとの見通しに至ったため、結局、契約の締結を断念した、というのであり、被告が翻意するについては、一応の相当の理由があると認められる。そうすると、もとより地方公共団体は、一般私人に比較すれば、公的機関として普遍的な信用・信頼性を備えているのであり、これを損ねるような行為は厳に慎むべきではあるが、以上に摘示した事情に照らすならば、被告の意思変更を含めた契約交渉における一連の行為に契約自由の原則を逸脱するような違法性を見いだすことはできない。
したがって、原告の慰謝料請求は理由がない。
五 また、弁護士費用については、前記三の信義則上の義務により賠償されるべき範囲はいわゆる信頼利益に止まるから、本件訴訟に関する弁護士費用を損害として認めることはできない。
よって、弁護士費用に関する請求も理由がない。
六 以上のとおり、原告の請求は、主張する損害のうち、得べかりし利益である一四八万二〇〇〇円の限度で理由があるからこれを認容し、その余の点では理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 木原幹郎 裁判官 手島徹 石垣陽介)